「今日の搭乗でサファイアだ~♪」
朝から浮かれていた。
少し雨模様の天候だったが、そんなことはJGC解脱に王手がかかったことに比べれば些事である。
電車を乗り継ぎ、空港へと急ぐ。
今日は6レグ搭乗しなければならない。
あまり時間に余裕はないのである。
乗り継ぎ駅についた時、向こうのホームに急行が停まっているのがみえた。
あれに乗れればかなりの時間短縮になる。
急行が出発する!
焦る!
ホームへと続くエスカレータを駆け上がる。
外は小雨だった。そしてステップも濡れていた。
左足を上げるために力を入れた右足が
滑った。
両目の真正面に、ステップの角が見えたところまでは覚えている。
ずり落ちたバッグを肩にかけ直す。落ちた財布も拾ってポケットにねじ込む。
電車どこいった?
眉間が痛い。
顔を押さえた手に血がべっとりと付着。
と思う間もなくボタボタ落ち始め、
あ~、床を汚してしまう。駅員に謝りにいかねば。
そでを血で濡らしながら、駅員のところへ歩いた。
すみません、ちょっとエスカレータで転んで、床に血が落ちました。
駅員「っ救急車、救急車呼びますから」
いぇ、先を急ぎますので。
冗談じゃない。搭乗に遅れたらどうする。
救急車に乗っているヒマなぞないのである。
血が止まらない。
あの、何か血を止められるような物があればお借りできませんか?
駅員室のような部屋に連れていかれた。
山ほどのティッシュをもらい、押さえつける。
やっぱり圧迫止血法いいよなぁ。
駅「これで消毒しましょう。ちょっと沁みますけど」
ここでオキシドールと脱脂綿が登場した。
大変ありがたい。
脱脂綿で血糊をふき取ると、鼻筋の通った顔が、
いゃ、鼻にエスカレータのクシ筋が3本通っていた。
ほかには目じりからの出血。
首から上なので出血は多かったが、
目と目の間のど真ん中の骨にステップの角があたったため傷自体は深くなかった。
よし。押さえていれば空港に着く頃には血は止まる。
ということは、この骨が折れていたら両目もいってたのか。
日ごろからメザシを食べていて良かった!
駅「これ、使われますか?」
"ばんどええど"を差し出された。
お借りしていいですか?
といいつつ、自分では貼れなかったので駅員さんに貼ってもらった。
眉間と右目の大部分がふさがった。
そうだ。これだけは言っておかねばなるまい。
お借りするといいましたけど、
もう返しませんよ?
軽いジョークのつもりだったが、スベったらしく
駅「これもよかったらどうぞ」
真面目な顔で20枚近い"ばんどええど"を渡された。
"ばんどええど"をカツアゲした気分になった。
そろそろ行かねば。
もうあまり時間がない。
お世話になりました。
通りすがりの乗客に優しくしてくれるとは、なんと親切な駅だろう。
次からは怪我をするならこの駅だな。
そんなことを考えながら、まだ血の滲む顔面右側をティッシュの束で押さえつつ、駅をあとにした。